さわこ苺農園の栽培方法と1年
イチゴの栽培方法は大きく分けて2種類あります。一つは、昔ながらの土耕栽培です。もう一つは、観光農園などで良く目にする高設栽培です。私たち、さわこ苺農園は昔ながらの土耕栽培です。土の畑にイチゴを植えています。美味しいイチゴをつくるには最も良い方法だと考えています。
もくじ
畑にまく水について
水は空から雨となって大地に降りそそぎます。そして地下にしみ込んで、やがて川から海へ流れます。そんな土の栄養たっぷりの水を、ポンプでくみ上げて畑のイチゴへ届けます。水も美味しさの重要な要素です。安全な水道水も水ですが、〇〇山の天然水も水です。根から吸い上げられた水は、イチゴの体の中を流れ、やがて、蒸散になどによって再び大気へと帰ります。
畑の土について
土は石と植物の混合物です。石が風や雨で砂になって、植物が枯れてたおれて、昆虫やミミズが小さくして耕して、微生物が分解して、植物の根が栄養を吸い上げる。吸い上げた水は石を砂にして、死んだ微生物は枯れた植物と腐植になって堆積して、また植物の根が、茎が、実が、はき出した酸素が、吸い込んだ二酸化炭素が、循環する。イチゴを植える畑には、有機物のもみ殻や米ぬかをいれています。両方お米の廃棄物ですが、循環と考えています。1つの畑が7.2m×50mです。この畑に対して、もみ殻は約6000L、米ぬかは240Kg入れています。タイミングは、太陽熱消毒の前です。6月に収穫を終え、マルチなどをはがして畑の畝を崩し、もみ殻などを入れて太陽熱消毒。これによって、連作障害を抑え、微生物のご飯を供給し1年が終わります。
他にも、土の中には光合成細菌と呼ばれるものがいます。細菌が光合成して窒素をつくってくれるみたいです。水槽で金魚を飼ったことがある人は、PSBとかバクテリアとか聞いたことあると思います。自然の仕組みってすごいと思います。さわこ苺農園では、収穫期間中の追肥として、安来の天然水に自家培養のPSBをまぜています。
育苗(いくびょう)について
いえいえ、まだ1年は終わらないのです。畑を片づけたら、苺農家にはとっても大切な苗を立てる仕事・育苗という仕事が待っています。ほとんどの苺農家さんでは、イチゴの収穫と並行して進められています。種苗会社さんから無病苗を購入し、1次親さらには2次親をつくり、ランナー採取による自家増殖を行います。イチゴのランナーは親株のクローンで、親株と同じ性質の苗を沢山作ることが出来ます。ちなみに、さわこ苺農園の畑だと1区画に約2000本、全部で4区画あり合計8000株の苗を植えなくてはならず、自家増殖は必須の仕事といえます。もしも、自家増殖を失敗すると1株300円で8000株購入しなければなりません。240万円の痛い出費になります。観光農園の中には育苗設備がないため、定植苗を全て購入している農園もあるということで大変だな~と思います。さわこ苺農園には別の目的がありますので、自家増殖を行っています。普通と少しだけ考え方が違います。どのように考え方が違うのか? それは、イチゴが進化(適応)して欲しいという考え方です。
イチゴの進化(適応)について
植物はとても柔軟な生物です。同一の植物でも、山頂の環境に適応して生きることが出来るし、海岸沿いの環境に適応しても大丈夫。同じタネを動物が山頂・海岸に運んで、それぞれが発芽・成長し生き延びただけの違いです。人間の分析能力が向上して、見た目は別々の植物でも同じ植物であるということが分かってきました。ホームセンターでも見ることが出来る接木苗からも植物の柔軟さを垣間見ることが出来ます。そんな植物の1つであるイチゴを、さわこ苺農園では進化(適応)させたいのです。毎年毎年、山陰の安来も温暖化で夏が暑くなっています。令和5年(2023年)の夏には、育苗ハウス内の温度が50℃を超えました。たくさんの苗が枯れて、生き残った苗を畑に植えました。生き残った5000株を畑に植えて、畝の半分には植えた苗から出てきたランナーを植え付けました。育苗ハウスや土の配合を改良しながら、毎年暑さを生き抜いた苗を畑に植える。この繰り返しを行うことで、さわこ苺農園の苗は毎年進化しています。就農当時の苗を、ランナーで受け継いで、次の年の高温に負けないイチゴに進化(適応)して欲しいのです。
進化(適応)がもたらすものとは
イチゴを植えるときに重要な要素の一つが花芽分化です。道端に生えているタンポポも花芽分化をしています。暖かくなって、花を咲かして綿毛を飛ばします。イチゴも、花芽分化して花を咲かせ、真っ赤な実がなります。一般的に、イチゴの生活は2拠点生活です。1つは育苗ハウス、もう1つはイチゴ生産畑です。それぞれの場所で環境が違います。照度、温度、水分、養分、全部違います。大学生に例えるなら、島根県安来市の実家を離れて大阪で一人暮らしをする。1か月に使えるお小遣いは1万円から10万円に変わり、親もいないので、夜寝なくても朝起きなくても怒られません。自分たち人間で考えると理解しやすいのですが、植物にとっても同じです。このような劇的変化が起きると、環境が連続していないので植物でも体調を崩してしまいます。さわこ苺農園では、環境の変化を感じないように対策を立て、イチゴが体調を崩さないよう努めています。このような取り組みを行うことで、ストレスなくイチゴが成長するとともに、毎年暑さに負けない苗づくりを、究極的には進化(適応)したイチゴが出来るはず!!と思って暑い中頑張っています。簡単に述べると、暑くても枯れないイチゴ苗を作って暑い畑に植えても正常に花を咲かせてくれるように進化させようとしています。
農薬について
同じ種類の植物を同じ場所にたくさん植えると、その植物が好きな虫が集まります。これが害虫です。人間に例えると、子供の時プールでうつったシラミとかかもしれません。その植物が苦手な病気も一気に広がります。人間のあいだでも、インフルエンザやコロナウイルスが一気に広がってみんな病気になってしまいます。解熱剤や鎮痛剤など症状をよくする薬を飲んだり、抗生物質を使って悪者を退治したりします。植物に使う農薬は、人間にとっての抗がん剤のようなもので、使わなければ枯れる=死んでしまいます。でも、就農時から沢山の農薬を散布してきました。効果のある農薬や、効きにくくなった農薬などがあることがわかりました。よく効く農薬を探して、予防・治療・殺虫してきました。でも、薬剤抵抗性を持つ病気や害虫が出てきました。人間でいうと、抗生物質の効かない薬剤耐性(AMR)のある細菌やウイルス、寄生虫です。私は、昔から薬が嫌いです。熱が出ても薬は飲みません。寝て直します。
そこで思い切って、農薬を使わない農業を始めてみました。天敵や有用菌の力を借りて病害虫の予防を行い、2024年12月6日から現在まで、農薬不使用期間延長中です。さわこ苺農園では減農薬に取り組んでいます。そして、いずれは認証を受けたり、証明書もらったりして「無農薬」を実現したいと思っています。農薬はなるべく使わない。植物が病気にならないように予防したり、虫がイチゴを枯らしてしまわないように天敵を放飼したりしています。予防には、納豆菌を増やしたものや、えひめAI、グルタミン酸Naを使用しています。全部食べられるものを使っています。自分の体に入るものだから、少しでも安全なものを使いたい。
イチゴの畑には、イチゴだけが植えられていて、自然のバランスが崩れた状態になっています。農薬を散布しても病気や害虫をゼロにすることは出来ません。予防することでバランスを少しでも保ち、少しの病気や害虫には目をつぶるようにしています。
→無農薬って何だろう
土の畑にイチゴを植える準備
毎年8月になると、梅雨前に太陽熱消毒をした畑に手を入れてゆきます。太陽熱消毒以外にも、薬剤を用いた土壌消毒の方法がありますが、環境が破壊されてしまうので使用していません。太陽熱消毒の前にはきれいな黄色だったもみ殻も、熱と水分、米ぬか等の効果でこげ茶色に変わっています。そこへ、有機質石灰や有機質リン酸、草炭腐植、ケイ酸加里を追加して元肥としています。昼間は暑いので朝や夕方にする仕事です。
次は、トラクターに乗ってもみ殻や元肥を均一に混ぜる仕事です。この仕事は、天気予報を見ながらの仕事になります。雨が降っている時に畑を耕すと、水が土にしみ込んでトラクターが畑の中に沈んでゆきます。なぜなら、さわこ苺農園の畑は田んぼだったからです。砂地の畑だとすぐに水が抜けるのですが、田んぼの土を使った畑からは水がなかなか抜けていきません。田んぼは水持ちや肥持ちが良いのですが水はけが悪いのです。
雨が降る前に終わらせる最後の仕事が畝(うね)立てです。田引き車を使って、機械をまっすぐ通す50mの印をつけます。そして、専用の機械(通称:パタパタ)を使います。ガソリンエンジンで動く機械で、手で押しながら使います。エンジンの熱気を全身に浴びて仕事をします。畑の下の方が湿っていると、タイヤが滑って前に進みません。自分が死んでしまうのではないかと思うような、お盆の頃の仕事です。
畝が立ってしまえば、ひと安心。雨が降ってもできる作業しか残っていません。まず、排水路に向かう溝をつくります。それから、通路に落ちた土を鋤簾(じょれん)で畝の上にすくい上げたり、かまぼこ型になるようにトンボで畝の肩をならしたり、畝の天端を平らに転圧したりします。
畝の形や通路が整ったら、給水管の接続を行います。各畝に潅水(かんすい)チューブを敷設して、地下水を汲み上げて水が出ることを確認します。最後に、苗を植える前にしっかり潅水して、植え穴の目印付けで準備完了です。
苗の定植(ていしょく)
いよいよ畑にイチゴの苗を植えます。顕微鏡を使って花芽分化を観察する「検鏡(けんきょう)」を行い、定植時期を検討します。花芽分化したらすぐに植え付けないとダメで、品種によって花芽分化のタイミングが異なるので、作戦を練るのが大変です。R6年(2024年)だと、かんな姫 → よつぼし → かおり野 → 紅ほっぺ の順番で定植を行いました。8月29日定植のかんな姫から、9月26日定植の紅ほっぺまで、およそ1か月間かけて植え付けていきます。イチゴは決まった向きに花が出る植物です。通路側に実が出るように、向きをそろえて定植します。しかし、たくさんの苗を植えるので、気を付けていても向きが違うことがあります。植えている時は気づきませんが、花が咲いてからわかります。時すでに遅し、植え替えるわけにもいかず、頑張って収穫するしかありません。
花が咲くまで
定植が終わると毎日の仕事は水やりがメインになります。活着をよくするため、定植後1週間は水やりをしっかり行います。もちろん心配なので、1週間の後も水やりをしっかり行います。ポンプで水を汲み上げて、潅水チューブで散水します。虹が出来たりして、これまでの苦労を忘れるくらい綺麗なのですが、毎年問題になるのが目詰まりです。もののけ姫のモデルになった奥出雲では、砂鉄をとるためにかんな流しが行われていました。この影響で、斐伊川(ひいかわ)水系には鉄分が多く含まれています。マルチが張られるまで、繰り返されるのがこれです。
水やりをする → 水が乾く → 鉄が出る → チューブが詰まる → 手でこする
水道水を使っているイチゴ農家さんには無縁の話で、安来の天然水を使っているさわこ農園では毎年のルーティーンとなっています。
ミツバチをお迎えするころ
定植してから1か月くらいすると花が咲いてきます。ミツバチをお迎えする季節です。さわこ苺農園では早くから花が咲く品種が多いので、10月初めにはミツバチがやって来ます。
のどかな雰囲気の話題ですが、並行して重労働も始まります。それが砂移動です。バケツに砂を入れて50㎝ずつ通路を進みます。パタパタで畝立てをしたのですが、どんなに頑張っても田んぼを水平には歩けません。目ではわからないような、高低差ができてしまいます。イチゴが枯れないように、手で潅水チューブをこすっている間に、大量の水が放出されます。この水が、低い所にたまってしまうのです。そして、さわこ苺農園の土は田んぼの土です。水が抜けません。水が溜まったところを何回も歩くと、そうです、田んぼに戻ってしまうのです。
花が咲くと、実がなります。実が土につくと傷んでしまうので、畝にマルチを張る仕事が待っています。マルチを張るためには、古くなった下葉を欠いたり、伸びてきたランナーを採ったり、増えてきた雑草を抜いたりする仕事を終わらせなければなりません。たくさん歩く仕事ばっかりです。多い所はスポンジで水を吸い取って、通路に砂をまいていきます。
品種ごとの花の上がり方を見て、順番にマルチを張ります。終わると、あとは楽しい収穫が待っています。ここまで、長い道のりでした。土は重くて動かすのが大変です。機械で出来る仕事もありますが、細かい所はやはり人力になります。土の畑にイチゴを植えるには、たくさんの苦労が詰まっていて、その分収穫の喜びもひとしおです。
翌年の準備
イチゴの収穫を始めるころ、来年の苗の準備が始まります。イチゴの進化(適応)に向けた仕事です。畑に植えたイチゴからは、ランナーが出てきます。ランナーは親のクローンなので、暑い夏を乗り越えた強い親と同じ、強い苗になるはずです。品種により採取するランナーの数は違いますが、合計で約2,500本準備します。全部が春まで生きているわけではありません。水分不足による乾燥や冬の寒さに耐えられず、枯れてしまうものがあります。特に弱いのがかおり野です。かおり野は、1年間通して一番難しい品種です。
自然(水)との戦い
こんな、素晴らしい土耕栽培ですが、大地と地続きで自然の驚異にさらされることもしばしばです。最近の異常気象に見舞われて、さわこ苺農園の畑も水没することがあります。水没すると、まだイチゴの実がなっていてもその年が終わってしまいます。
私たちの畑は、宍道湖(しんじこ)と並ぶ中海(なかうみ)のすぐ近くにあります。イチゴ畑の周りは、ほとんど田んぼです。6月頃から9月頃は稲作の真っ最中で、川の管理は稲作優先になります。台風が日本海側を通ると、低気圧によって中海の水位が上がります。高潮です。高潮になると、中海の海水が川を逆流してしまいます。海水の逆流は塩害をもたらします。塩害で稲がダメにならないよう、水門を閉めなくてはなりません。
雨が降らなければいいのですが、大抵の場合、降っています。山から海に向かって流れた川の水が水門のところで止まります。川の水かさが増えます。さわこ苺農園の周りには排水路が掘ってあります。イチゴ畑が水没しないためです。地下水が湧き出たり、ちょっとした雨は小さなポンプを使って対処しています。川の水かさが低いときは、川との水門は開けたまま自然排水で何とかなります。でも、雨がたくさん降って水かさが増えると、川から畑の排水路へ水が逆流してきます。川からの逆流を防ぐため、排水路の水門を閉じて、エンジンポンプで川へ強制排水を行います。
エンジンポンプは全部で3台、1台10万円程の大型ポンプです。万全の体制に見えますが、畑は広いのです。全部で4400㎡もあります。1時間あたり10ミリの雨は、畑全体ではものすごい水量となります。
面積1平方メートル(1m×1m)で1時間の雨量が10ミリということは
100㎝×100㎝×1㎝=10,000㎝3(立方センチメートル)です。
1立方センチメートル=0.001リットル なので
10,000立方センチメートル=10リットルです。
そして、4,400倍します。44,000リットルです。
牛乳パックだと44,000本分です。
最近では、ゲリラ豪雨なども増えて、44,000リットルなんて平気で超えてきます。1台のエンジンポンプで15,000リットル以上排水しなければなりません。排水が追い付かず、調整所が床下浸水、イチゴ畑が水没したこともあります。川の横にはアスファルト舗装の道路があります。川の水がこの道を超えたことはありませんが、今後道を超えるようになると、私たちは今のこの場所でイチゴをつくり続けることが出来ないと考えています。
さわこ苺農園の土耕栽培にとって、自然の力はものすごい宝であるとともに、脅威でもあります。天気が良くてイチゴがたくさんなれば、喜び自分達の手柄だと思います。雨が降れば、自分たちの非力さや自然の大きさに気づかされます。自分たちの愚かさを毎年感じさせられて、苦しい、悲しいときもあります。
新規就農者さんたちの多くは、高設栽培でイチゴをつくっておられます。私たちと違って、このような自然の驚異とは無縁です。雨が降っても、水が溜まっても、地上1メートルの高さにあるイチゴのベッドには何の影響もありません。ちょっと皮肉になってしまいましたが、昔ながらの農業とは別物の世界なのです。